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ほ/ホほっかいどう・すぷりんと・かっぷ 〜 ほん・しょうきん
ほっかいどう・すぷりんと・かっぷ
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レースの格 |
Jpn3 |
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開催競馬場 |
旭川競馬場 |
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距 離 |
ダート・1000m |
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出走条件 |
3歳以上・別定 |
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賞 金 |
1着:3000万円 |
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レース優勝馬 |
2004年:ディバインシルバー [詳細]
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門別競馬場のダート1800mで行われている2歳馬のJpn3。門別を含むホッ カイドウ競馬では、レースで1着になった馬主に有力種牡馬の種付け権利を 進呈するスタリオンシリーズが行われている。北海道2歳優駿も対象レース の1つになっていて、フジキセキやダンスインザダークなどの種付け権が毎 年進呈されている。2009(平成21)年の対象種牡馬はダイワメジャー。 第1回が行われたのは1974(昭和49)年で、当時はホッカイドウ競馬の所 属馬のみで争われる重賞だった。舞台は1974年から1988(昭和63)年までが 札幌競馬場のダート1200m、1989(平成元)年は帯広競馬場ダート1700m、 1990(平成2)年とその翌年は函館のダート1700m、1992(平成4)年は岩 見沢のダート1600mと舞台を移し、1993(平成5)年からは再び帯広競馬場 で開催された。1997(平成9)年にJRAや他の地方競馬所属馬にも門戸を 開くと同時に舞台も門別競馬場のダート1800mへ移し、この条件でほぼ固定 されるようになった。2006(平成18)年と2007(平成19)年は札幌のダート 1700mで行われたが、2008(平成20)年からは再び門別競馬場のダート1800 mで行われている。 牝馬限定のエーデルワイス賞や各地のレースから北海道2歳優駿に集まり その上位馬が2歳のダート王決定戦である全日本2歳優駿へと向かうことに なるため、その前哨戦として毎年注目を集めることになる。 用語 >> エーデルワイス賞 全日本2歳優駿
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レースの格 |
Jpn3 |
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開催競馬場 |
門別競馬場 |
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距 離 |
ダート・1800m |
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出走条件 |
2歳・定量 |
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賞 金 |
1着:2000万円 |
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レース優勝馬 |
2004年:モエレアドミラル [詳細]
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中国香港・シャティン競馬場の芝2400mで行われているG1レース。1日 にG1レースを4つ開催する香港国際競走の1つで、英字表記はHong Kong Vase。 第1回が行われたのは1994(平成6)年。当時は香港国際ヴァーズという 名称で開催された。現在の名称である香港ヴァーズへ改められたのは1999( 平成11)年。また、格付けはレース創設3年目の1996(平成8)年にG2と なり、7年目の2000(平成12)年にG1となった。距離がジャパンカップと 同じ芝2400mで行われることから、アジア各国の馬だけではなく、ヨーロッ パの馬も11月下旬のジャパンカップ→12月中旬の香港ヴァーズと転戦するこ とが少なくない。 他の香港国際競走のレースと同様に香港ヴァーズにも多くの日本馬が毎年 のように参戦しており、2001(平成13)年には日本でG1未勝利だったステ イゴールドが引退レースに選び、50戦目にして悲願のG1初制覇を成し遂げ たレースとしても知られている。 用語 >> 香港国際競走 ジャパンカップ
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レースの格 |
G1 |
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開催競馬場 |
中国香港・シャティン競馬場 |
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距 離 |
芝・2400m |
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出走条件 |
3歳以上・定量 |
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日本遠征馬 |
1994年:エイシンテネシー(4着)
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レース優勝馬 |
1998年:インディジェナス
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中国香港・シャティン競馬場の芝2000mで行われているG1レース。ワー ルドシリーズレーシングチャンピオンシップ(現在休止中)の最終戦に位置 づけられていて、世界各国から実力馬が集結するレースとなっている。英字 ではHong Kong Cup。 第1回が行われたのは1988(昭和63)年。当時のレース名は香港招待カッ プで、距離は芝1800mで開催された。1992(平成4)年からは国際G3の格 付けが認められる予定だったが、馬インフルエンザが蔓延したため、レース が約半年繰り下げられ1993(平成5)年の4月にレースが行われた。なお、 このときからレース名は香港国際カップに変更されている。1993年の暮れに 開催された第7回からG2へ昇格し、1999(平成11)年に念願となるG1の 格付けを得た際にレース名を香港カップへと変更、同時に距離を芝2000mへ と延長した。現在では、1日に4つのG1を行う香港国際競走を締めくくる レースとして行われている。 日本からの輸送時間が短い上に競走馬と関係者の渡航費用を主催者(香港 ジョッキークラブ)が全額負担する方式のため、香港国際カップ時代から日 本馬が積極的に遠征を行っている。1995(平成7)年にはフジヤマケンザン が38年ぶりとなる日本馬の海外重賞制覇を成し遂げ、G1に昇格してからも 2001(平成13)年にアグネスデジタルがトブーグを競り落として優勝を飾る など、日本馬と相性の良いレースとして知られている。 用語 >> ワールドシリーズレーシングチャンピオンシップ 香港国際競走
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レースの格 |
G1 |
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開催競馬場 |
中国香港・シャティン競馬場 |
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距 離 |
芝・2000m |
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出走条件 |
3歳以上・定量 |
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日本遠征馬 |
1993年:ナリタチカラ(7着)
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レース優勝馬 |
1998年:ミッドナイトベット
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毎年12月中旬に中国香港のシャティン競馬場で行われているG1レースの 総称。以前は香港招待カップ(現:香港カップ)のみが開催されていたが、 徐々にレース数を増やし、現在ではG1レースが4つ開催されていて、日本 からも多数参戦している。 香港における国際レースの先駆けとなったのが1988(昭和63)年に第1回 が行われた香港招待カップ。後に香港国際カップ、そして香港カップへと名 前を変更することになるが、レース創設当初から世界各国の実力馬が集まり 徐々に香港の知名度を高めていった。 1991(平成3)年には香港招待ボウル(現:香港マイル)が新設され、短 距離馬は1400mのボウル、中距離馬は1800mのカップと、馬の適性にあわせ てレースを選択できるようになった。その後、名称はカップが国際格付けを 得た1993(平成5)年に香港国際カップ、香港国際ボウルへとそれぞれ改め られた。 1994(平成6)年には新たに香港国際ヴァーズを追加、また1999(平成11 )年に香港国際カップがG1になったのと同時にレースを一新。カップが芝 1800mから芝2000mへ延長、ボウルが芝1400mから芝1600mへ延長して名称 をマイルへ変更、また、新たに短距離馬の目標となる直線1000mの香港スプ リントが新設された。 日本馬が招待枠を得た1993(平成5)年からは毎年参戦(2000年を除く) していて、未だ勝利を飾っていないのは香港スプリントのみとなっている。 なお、2000(平成12)年は香港で日本脳炎を発症した馬が発見されたため、 2国間協定の取り決めにより日本馬の出走が不可能となった。 香港国際競走のいずれかのレースで優勝した後に、翌年4月に香港で開催 されるクイーンエリザベス2世カップでも優勝した場合は100万香港ドルの ボーナスが支給される。 用語 >> 香港カップ 香港マイル 香港ヴァーズ 香港スプリント
中国香港・シャティン競馬場の芝1200mで行われているG1レース。4つ ある香港国際競走の中では最も新しいレースで、2006(平成18)年からはグ ローバルスプリントチャレンジの最終戦に組み込まれている。 第1回が行われたのは1999(平成11)年で、当時は直線の芝1000mで実施 された。翌年にはG3(国際格付け)を獲得し、2001(平成13)年に国際G 2、2002(平成14)年には国際G1として実施されるようになった。これと 同時に香港国際競走の4レースがすべてG1として開催されることになり、 1年を締めくくるイベントとして国際的にも認知されつつある。2006(平成 18)年には距離が芝1200mへと延長されて、現在に至っている。 歴史は浅いものの、レースには地元香港の強豪だけではなくヨーロッパや アメリカからの参戦も相次ぎ、レベルは決して低くない。日本からも毎年の ように実力馬が参戦しているが、これまで好成績を残せていない。 用語 >> 香港国際競走 グローバルスプリントチャレンジ
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レースの格 |
G1 |
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開催競馬場 |
中国香港・シャティン競馬場 |
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距 離 |
芝・1200m |
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出走条件 |
3歳以上・定量 |
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日本遠征馬 |
2001年:ダイタクヤマト(12着)
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レース優勝馬 |
1999年:フェアリーキングプローン
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中国香港・シャティン競馬場の芝1600mで行われているG1レース。毎年 12月の第2日曜に行われている香港国際競走の1つとして実施され、英字表 記はHong Kong Mile。 第1回が行われたのは香港カップから4年遅れての1991(平成3)年。当 時のレース名は香港招待ボウル、距離は芝1400mで行われた。当時からレー ス出走馬のレベルは高く、それに合わせて毎年のようにレースの条件が変更 されている。1993(平成5)年にレース名が香港国際ボウルとなり、1999( 平成11)年に現在の名称である香港マイルへ改められたのと同時に距離も芝 1600mに変更されている。また、国際格付けがはじめて認められたのが1994 (平成6)年で、この年は国際G3。翌年には国際G2となり、2000(平成 12)年に国際G1へと昇格している。 他の香港国際競走のレースと同様に競走馬と関係者の渡航費用を主催者が 負担するシステムになっていて、日本馬も積極的に遠征を行っている。1993 (平成5)年にホクセイシプレーがシンガリ負けを喫したものの、1996(平 成8)年にはドージマムテキが2着と健闘。その後も日本馬の挑戦は続き、 2001(平成13)年にエイシンプレストンが見事1着となり、2005(平成17) 年にはハットトリックも1着となった。 用語 >> 香港国際競走 香港カップ
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レースの格 |
G1 |
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開催競馬場 |
中国香港・シャティン競馬場 |
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距 離 |
芝・1600m |
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出走条件 |
3歳以上・定量 |
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日本遠征馬 |
1993年:ホクセイシプレー(14着) ※4月
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レース優勝馬 |
1998年:ジムアンドトニック
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レースで1着〜5着になるとJRAから馬主に支給されるお金のこと。「 賞金」もしくは1着馬に支給される本賞金を「1着賞金」などと呼ぶことも あるが、内容は同じ。レースによって金額は大きく異なり、1度も勝ったこ とが無い馬同士のレースである未勝利戦では1着になると500万円、日本国 内で最も賞金額の高いジャパンカップで1着になると2億5000万円がそれぞ れ与えられることになる。 なお、2着以下の金額は1着賞金の額が基準となっていて、レースによっ て多少のばらつきはあるものの、2着の場合は(1着馬の)40%、3着の場 合は25%、4着15%、5着10%となっている。6着〜8着(重賞など一部の レースは10着まで)の場合には本賞金ではなく、出走奨励金という形で同様 に一定の金額が支給される。 用語 >> ジャパンカップ 重賞 出走奨励金