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あ/ア(その1)あーりんとん・かっぷ 〜 ありま・きねん
■ このページに収録している用語
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レースの格 |
G3 |
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開催競馬場 |
阪神競馬場 |
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距 離 |
芝・1600m |
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出走条件 |
3歳・別定 |
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賞 金 |
1着:4000万円 |
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レース優勝馬 |
2006年:ステキシンスケクン [詳細]
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中京競馬場の芝2000mで行われている牝馬限定のG3レース。 第1回が行われたのは1963(昭和38)年。当時はダート2000mの条件で実 施され、中京競馬場に芝コースが設置された1970(昭和45)年から芝2000m に変更された。更に1972(昭和47)年には父内国産馬限定のレースになり、 日本国内で生まれた父を持つ馬だけが出走できるように改められた。 長い間、父内国産馬のための重賞として親しまれた愛知杯が変革されたの が2004(平成16)年。ダンスインザダークやサッカーボーイ、トウカイテイ オーといった日本生まれの種牡馬が活躍馬を複数輩出するようになったこと で、その意味合いが薄れたとしてこの年からは条件を一新して牝馬限定の重 賞へと生まれ変わった。さらに2006(平成18)年からはレースの開催時期が 6月上旬から12月下旬と大幅に繰り下げられ、同時に4頭を上限として外国 馬も参戦できるようになった。 毎年12月に行われていた阪神牝馬ステークスの役割を受け継いだ形になり 秋華賞やエリザベス女王杯を戦った馬と、条件戦などを勝ち上がった馬とが 激突する構図になる。このレースを最後に現役生活を引退し、牧場で繁殖牝 馬となる馬も少なくない。 用語 >> 外国馬 阪神牝馬ステークス 秋華賞 エリザベス女王杯
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レースの格 |
G3 |
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開催競馬場 |
中京競馬場 |
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距 離 |
芝・2000m |
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出走条件 |
3歳以上牝馬・ハンデキャップ |
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賞 金 |
1着:3900万円 |
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レース優勝馬 |
2005年:マイネソーサリス [詳細]
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新潟競馬場の芝1000mで行われているG3レース。同競馬場の最大の特徴 ともいえる直線のみの芝1000mコースを使用して開催される。なお、レース 名になっているアイビス(Ibis)は国の天然記念物で新潟県の県鳥としても 知られるトキのこと。 第1回が行われたのは新潟競馬場が改装オープンした2001(平成13)年。 直線だけの1000mによる重賞という国内では前例の無い条件で行われるため 初回から多くのファンの関心を惹くことになった。記念すべき第1回目の優 勝馬は牝馬のメジロダーリング。コーナーが無いために、競走馬が持ってい るスピードの絶対能力を競うこととなる。2005(平成17)年までは芝が荒れ ていない外枠の馬が好成績を収める傾向にあったが、2006(平成18)年から は芝の状態が良い開幕週に実施されるようになったため、各馬が同じ条件で 一直線にゴールを目指すことになる。 2006(平成18)年には真夏の短距離レースをシリーズ化した「サマースプ リントシリーズ」の第2戦に位置づけられ、夏の短距離王者の座を賭けて有 力馬が激突することになる。また、2005(平成17)年からは5頭を上限とし て外国馬も出走可能。 用語 >> 新潟競馬場 外国馬
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レースの格 |
G3 |
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開催競馬場 |
新潟競馬場 |
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距 離 |
芝・1000m |
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出走条件 |
3歳以上・別定 |
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賞 金 |
1着:4000万円 |
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レース優勝馬 |
2007年:サンアディユ [詳細]
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5世代前までの祖先に同じ馬が存在していないことを言い、異系交配とも 呼ばれる。英字はOutbreed。反対語はインブリード。 サラブレッドは速い馬同士を意図的に近親交配(インブリード)すること によって、より速く走れるようにと改良が加えられた。その一方で荒々しい 性格になったり、病弱な体質になったりと、近親交配による弊害も発生する ようになる。そこで同一の血が濃くなるのを避け、体が丈夫な仔を生産する ために、同じ祖先を持たない馬を掛け合わせるというアウトブリードの手法 を用いることになる。 古くから日本に根付いた血統である母キャンペンガールとアメリカ2冠馬 である父サンデーサイレンスとの配合で生まれたスペシャルウィークはアウ トブリードの典型的な例と言える。5代前までの血統表を見ても同じ名前は 1頭も見あたらず、それを裏付けるかのように競走馬時代は故障もなく走り 続け、ジャパンカップなどの大レースを制している。 用語 >> インブリード ジャパンカップ
父
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祖父
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曾祖父
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4代父
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Royal Charger |
Source Sucree |
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4代母
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Blue Swords |
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Galla Colors |
曾祖母
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4代父
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Pharamond |
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Banish Fear |
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4代母
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Mahmoud |
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Arbitrator |
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祖母
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曾祖父
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4代父
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Palestinian |
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Mahmoudess |
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4代母
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Stymie |
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Pretty Jo |
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曾祖母
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4代父
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Gulf Stream |
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Mignon |
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4代母
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Hillary |
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Dowager |
母
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祖父
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曾祖父
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4代父
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Nearctic |
Natalma |
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4代母
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Bull Page |
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Flaring Top |
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曾祖母
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4代父
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Tom Fool |
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Busanda |
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4代母
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Princequillo |
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Quick Touch |
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祖母
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曾祖父
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4代父
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Hyperion |
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Angelola |
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4代母
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Nearco |
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Harina |
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曾祖母
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4代父
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Bois Roussel |
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Sonibai |
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4代母
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プリメロ |
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第弐スターカ |
東京競馬場の芝2400mで行われている3歳馬のG2。テレビ東京杯という サブタイトルが付いており、テレビ東京系の競馬中継では通常の重賞レース では放送しないような本馬場入場や優勝騎手インタビューなども放送され、 G1並みの豪華な放送内容となる。 それまでオープンだった青葉賞が重賞に格上げされたのは1994(平成6) 年。本番である東京優駿(日本ダービー)と同じコース・距離で行われるこ とから、本番を占う上で重要なレースであるハズなのだが、実際には青葉賞 と日本ダービーの両方で活躍した馬は皆無だった。そんな中で2001(平成13 )年にG3からG2へと格上げされると、2002(平成14)年にはシンボリク リスエスが、さらに翌2003(平成15)年にはゼンノロブロイがそれぞれ青葉 賞を勝った後に日本ダービーに出走し、ともに2着と健闘した事から近年は 青葉賞に対する注目度が高まりつつある。 青葉賞はダービートライアルに指定されていて、2着(2009年までは3着 )までになると本番である日本ダービーへ優先的に出走できる権利が与えら れる。また、地方競馬に所属する馬でも2頭まで出走でき、JRAの馬と同 じく2着以内になれば日本ダービーへと駒を進めることが可能。 用語 >> 東京競馬場 東京優駿 ダービートライアル 資料 >> トライアルレース一覧
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レースの格 |
G2 |
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開催競馬場 |
東京競馬場 |
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距 離 |
芝・2400m |
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出走条件 |
3歳・馬齢 |
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賞 金 |
1着:5400万円 |
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レース優勝馬 |
2007年:ヒラボクロイヤル [詳細]
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阪神競馬場の芝2000mで行われているG3。秋の阪神開催の幕開けを告げ る重賞で、このレースを境に夏競馬から秋競馬へと移行することになる。 第1回が行われたのは1950(昭和25)年。当時は芝2400mのハンデ戦とし て開催されていたが、2年後の1952(昭和27)年に現在と同じ芝2000mへ距 離が短縮された。レースの名称はチャレンジカップとして行われていたが、 1953(昭和28)年になって朝日チャレンジカップへ変更された。また、1981 (昭和56)年に別定戦に改められ、2005(平成17)年には4頭までの外国馬 も出走可能になった。 夏と秋の重賞の橋渡しともいえる位置づけになっていて、夏の小倉記念や 札幌記念から、秋の重要な1戦である毎日王冠、京都大賞典へと向かう馬が このレースを経由することが多い。また、夏は牧場などで休養していた馬が 朝日チャレンジカップから始動するケースも多く、夏に実力をつけた馬と春 に結果を残した馬の激突する1戦としても知られている。 用語 >> 外国馬 小倉記念 札幌記念 毎日王冠 京都大賞典
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レースの格 |
G3 |
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開催競馬場 |
阪神競馬場 |
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距 離 |
芝・2000m |
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出走条件 |
3歳以上・別定 |
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賞 金 |
1着:4100万円 |
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レース優勝馬 |
2007年:インティライミ [詳細]
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中山競馬場の芝1600mで行われる2歳馬によるG1レース(セン馬は出走 不可)。牝馬の2歳G1である阪神ジュベナイルフィリーズとともに2歳馬 にとって最大の目標になっている。英字ではAsahi Hai Futurity Stakes。 レース名は全国紙を発行している朝日新聞社に由来している。一方、フュー チュリティ(Futurity)は未来や将来を意味するほか、海外の2歳レースで よく見られる言葉で、馬の誕生直後、もしくは母馬のお腹の中にいる時点で 出走の登録をするレースのこと。ただし、日本ではこのようなシステムは実 施されておらず、他のG1同様に2週間前に登録を受け付ける。 第1回が行われたのは1949(昭和24)年。朝日杯3歳ステークスという名 称で東日本地区の2歳(旧年齢表記3歳)チャンピオン決定戦として開催さ れた。1991(平成3)年になって牡馬・セン馬限定へと変更され、同時に阪 神3歳ステークス(現:阪神ジュベナイルフィリーズ)が牝馬限定となり、 牝馬は阪神3歳牝馬ステークス、牡馬とセン馬は朝日杯3歳ステークスを目 指すこととなった。レース名は2001(平成13)年に馬の年齢表記が数え年で はなく、満年齢へ変更された影響で、現在の名称である朝日杯フューチュリ ティステークスへと改められた。さらに2004(平成16)年になるとセン馬が 出走できなくなり、牝馬が再び出走できるようになった。創設当初は芝1100 mで行われていたが、1959(昭和34)年に芝1200mとなり、1962(昭和37) 年にさらに延長されて芝1600mとなり現在に至っている。 各地のレースで勝ち上がった2歳馬たちが一同に集結することから、過去 に数々の名馬を生み出してきたレース。ただし最近の傾向として、より長い 距離で行われるラジオNIKKEI杯2歳ステークスを経て、翌年の大レースへと 向かう馬も少なくない。 地方競馬の所属馬の場合も、各地の2歳重賞で上位に入ると朝日杯フュー チュリティステークスに出走が可能。その条件は、デイリー杯2歳ステーク ス、東京スポーツ杯2歳ステークス、京王杯2歳ステークスのいずれかで2 着以内に入った場合か、函館2歳ステークス、新潟2歳ステークス、小倉2 歳ステークス、札幌2歳ステークスで1着になった場合に可能となる。 用語 >> 中山競馬場 阪神ジュベナイルフィリーズ ラジオNIKKEI杯2歳ステークス 東京スポーツ杯2歳ステークス 京王杯2歳ステークス 函館2歳ステークス 新潟2歳ステークス 小倉2歳ステークス 札幌2歳ステークス
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レースの格 |
G1 |
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開催競馬場 |
中山競馬場 |
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距 離 |
芝・1600m |
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出走条件 |
2歳牡馬牝馬・馬齢 |
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賞 金 |
1着:7000万円 |
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レース優勝馬 |
2000年:メジロベイリー
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アジア各国の短距離レースを舞台にして争われるシリーズ戦。英字表記は Asian Mile Challenge。 日本のJRA(日本中央競馬会)と香港の競馬を統括している香港ジョッ キークラブとによって企画され、2005(平成17)年に第1回が行われた。対 象となるレースは香港のチャンピオンズマイルと日本の安田記念で、両方を 勝った馬にボーナス100万ドルが進呈されるというシステムで実施された。 しかし、初年度はそれぞれ別の馬が優勝したためにボーナス対象馬不在のま ま幕を閉じた。翌2006(平成18)年からはアラブ首長国連邦ドバイ、オース トラリアの2ヶ国が加わり、計4ヶ国にまたがるシリーズ戦へと変化を遂げ た。追加されたレースはオーストラリアのフューチュリティステークスとド バイのドバイデューティフリーで、対象レースを2勝以上することがシリー ズ制覇の条件となり、何勝したかによって与えられるボーナスの額が変動す ることになる。2008(平成20)年までは全4勝で400万ドル(約4億6000万 円)のボーナスが存在したが、現在は3勝が上限となっている。 競馬の世界的なシリーズ戦としては1999(平成11)年に設立されたワール ドレーシングチャンピオンシップがあるものの、対象となるのは2000〜2400 mのレースで、短距離を得意とする馬にとっては縁遠いものになっていた。 そこでJRAと香港ジョッキークラブとが手を結び、アジアマイルチャレン ジを設立することになった。 用語 >> 安田記念 ドバイデューティフリー ワールドレーシングチャンピオンシップ 資料 >> アジアマイルチャレンジ累年成績
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正式名称 |
Asian Mile Challenge |
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賞 金 |
3勝:2,000,000ドル(約2億3000万円)
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支給対象 |
対象レースでの勝利数 |
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対象レース |
フューチュリティS(オーストラリア)
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歴代対象馬 |
2005年:対象馬なし
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公式サイト |
中山競馬場の芝2200mで行われているG2レース。名前が長いためにアメ リカJCC、AJCC、AJC杯などと記載されることがある。英字表記は American Jockey Club Cup。日米間の親善目的でニューヨークジョッキーク ラブから優勝カップを贈呈されたことがレース名の由来となっている。 第1回が行われたのは1960(昭和35)年。芝2000mのハンデ戦として開催 されたが、翌年から2600mの別定戦へと改められた。その後、1967(昭和42 )年に2500m、1972(昭和47)年に2400m、1980(昭和55)年に再び2500m と距離が頻繁に変更されたものの、1985(昭和60)年から芝2200mの重賞と して定着している。2006(平成18)年には国際化の一環として、外国馬も参 戦できるようになった。 レース創設当初から1月下旬に行われており、中〜長距離を得意とする馬 がアメリカジョッキークラブカップから京都記念、阪神大賞典、日経賞など のレースを経て春の最大目標となる天皇賞・春を目指すことになる。ただし ここ数年は実力馬の参戦は少なく、G1で結果を出していない馬や、条件戦 を勝ったばかりの馬が、実力を試す意味で参戦することが多い。 用語 >> 中山競馬場 外国馬 京都記念 阪神大賞典 日経賞 天皇賞・春
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レースの格 |
G2 |
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開催競馬場 |
中山競馬場 |
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距 離 |
芝・2200m |
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出走条件 |
4歳以上・別定 |
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賞 金 |
1着:6000万円 |
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レース優勝馬 |
2007年:マツリダゴッホ [詳細]
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中山競馬場の芝2500mで行われているG1レース。毎年12月下旬に行われ る名物レースで、世界で最も馬券が売れる1戦と言われている。その知名度 は非常に高く、競馬に興味がない人にまで名前が広く知れ渡っている。 レースを発案したのは中央競馬会(現在のJRA=日本中央競馬会)の当 時理事長の職にあった有馬頼寧(ありま・よりやす)氏。プロ野球チーム「 セネタース」のオーナーでもあった有馬氏が、プロ野球のオールスターゲー ムを手本として、レースに出走する馬をファン投票によって決めるという画 期的な手法で創設当初から注目を集めることになった。 第1回が行われたのは1956(昭和31)年で、当時は芝の2600m、レース名 は中山グランプリとして開催された。ファン投票の1位は菊花賞を勝ったキ タノオーだが、勝ったのは天皇賞馬のメイヂヒカリ。こうして成功のうちに 第1回が無事に開催された翌年1月、有馬氏が急逝。氏の功績を称えて第2 回からは有馬記念へとレース名を変更、さらに1966(昭和41)年には距離を 芝2500mへと短縮した。 天皇賞・秋、ジャパンカップとともに秋の重要な1戦となっており、4歳 以上の馬にとってはこの3つのレースに出走するのが大きな目標となる。ま た、クラシック路線を歩んできた3歳馬が菊花賞の後に目標とするのがこの 有馬記念で、3歳馬と4歳以上の馬とが世代を越えて激突することになる。 特に天皇賞・秋、ジャパンカップ、有馬記念を3つ全て制するのは至難の業 とされ、これら3つのレースを同一年にすべて優勝した場合には2000(平成 12年)から褒賞金(ボーナス)が支給されるようになった。 用語 >> 中山競馬場 天皇賞・秋 ジャパンカップ 菊花賞
第53回(2008年)の直線シーン |
第54回(2009年)の直線シーン |
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レースの格 |
G1 |
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開催競馬場 |
中山競馬場 |
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距 離 |
芝・2500m |
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出走条件 |
3歳以上・定量 |
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賞 金 |
1着:1億8000万円 |
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レース優勝馬 |
2000年:テイエムオペラオー
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